2020年11月18日

論語と算盤

私の名前の栄一は、渋沢栄一にあやかって親が名付けたそうで、その昔に聞いた時も、あっそう誰?ぐらいの感じでその後も偶に耳にするくらいの事で調べてもみませんでしたが、もうすぐ(2024年の予定)一万円札の顔になると言う事で、それは素晴らしい人に違いないと、お金に人一倍憧れている私は、直ぐに調査に入るのでありました。

渋沢 栄一(しぶさわ えいいち、天保11年2月13日(1840年3月16日) – 昭和6年(1931年)11月11日)は、日本の武士、官僚、実業家、慈善家。位階勲等爵位、正二位勲一等子爵。雅号は青淵(せいえん)。

埼玉県の豪農に生まれ、江戸末期に武士に取り立てられ尊王攘夷の志士として活躍、徳川慶喜に師事し、西郷隆盛に講話するなど、明治維新に関わり、後に大蔵省に入省し活躍するも、予算編成を巡って、大久保利通や大隈重信と対立し退官。

退官後間もなく、官僚時代に設立を指導していた第一国立銀行(のちの第一銀行ならびに第一勧業銀行、現・みずほ銀行)の頭取に就任し、以後は実業界に身を置く。また、第一国立銀行だけでなく、七十七国立銀行など多くの地方銀行設立を指導した。
第一国立銀行ほか、東京瓦斯、東京海上火災保険(現・東京海上日動火災保険)、王子製紙(現・王子製紙、日本製紙)、田園都市(現・東急)、秩父セメント(現・太平洋セメント)、帝国ホテル、秩父鉄道、京阪電気鉄道、東京証券取引所、麒麟麦酒(現・キリンホールディングス)、サッポロビール(現・サッポロホールディングス)、東洋紡績(現・東洋紡)、大日本製糖、明治製糖、澁澤倉庫など、多種多様の企業の設立に関わり、その数は500以上といわれている。
正にスーパーマンの如く混乱の世を生き抜いた、この渋沢栄一の生き方を端的に表した言葉に「近代資本主義の父」があります。現代の資本主義国家日本は、渋沢栄一の活躍によって土台が築かれたと言っても過言ではないでしょう。
大成功した実業家であることは、間違いなく事実でありますが、今再注目されている彼の魅力は、小さな頃から学んだ論語の思想に裏打ちされた、正しい経済論だと思います。
それが「論語と算盤」と言う言葉に集約されています。
簡単に言えば、公益や社会貢献を考えながら、一方で利益を上げていくということです。そして、利益を上げたらそれを自分のものにするのではなく、国や日本経済に還元していくということです。
特に「論語と算盤」は、現代の企業活動を考える上で、大切な基礎になり得るものです。そして、この理念の中核に、渋沢の唱えた「道徳経済合一説」があります。
事業を発展させたいという欲望は、常に持っておくべきものだ。しかしその欲望は、仁・義・徳という道理によって制御することが求められる。

たしかに人間には、金銭が絡むと欲望に惑わされやすいという弱点がある。特に道徳観念が未発達であるほど、こうした傾向は顕著になる。昔は人々の道徳観念が未熟だったので、ことさら金銭を卑しむ風潮が生まれたのではないか、と渋沢は考えていた。金銭によって謙譲や清廉といった美徳を傷つけられる人が多かったので、金銭に対する強い警戒心が生まれたのではないだろうか。
だが、今日の社会は昔に比べ大きく進歩し、一般の人々の人格も向上している。金銭の扱い方も改善され、利殖と道徳とがうまく両立する傾向にある。渋沢は、人々が金銭にまつわる災いに巻き込まれず、道徳心を磨き、金銭の価値を最大限に利用するよう努めることを願った。

素晴らしい人の名前をつけられて、浅学非才な私は、日々煩悶しながらも
いつの日か、世の中に恩返しが出来るように頑張ろうと言ったら、あの世から渋沢さんに拳骨をもらう事でありましょう。